二子玉川のパワースポット・リターンズ

1月3日の続き。

さて、我々編集部一行は、初の箱根駅伝観戦を終え、二子玉川の玉川大師へと向かった。
帰りの大井町線の電車で「一度は行ったほうがいいですよ」とOがしつこく地下霊場を勧めるので、では皆で行ってみようということになった。
Oは元旦に一人で行ったという。(1月3日の時点ではOの「二子玉川のパワースポット」の記事は公開されていなかった)

「で、どんなところだったの?」とOに訊ねると「行ったらわかります。私はここで待ってます」とニヤリ。
スマホから顔を上げてCが言った。
「暗くて怖いところです」
「まじっすか」とMが顔をしかめた。
「ちょっとC、要約しすぎ。大丈夫だって」とOは言ったが誰も信じない。
「じゃ、Oも一緒な」
「嫌です。ここで待ってます」とOは騒いだが誰も助けない。

靴を脱いで本堂に入る。
本堂の真ん中に住職が座し、何かを唱え、その周りを三十人ぐらいの人々が囲んでいた。
本堂の左側に地下霊場の受付がある。
どうやら混んでいるようだ。

「今日は人が多いね」とO。
「人も多いですし、怖くないですよ」とMが慰める。
「じゃ、私の分も行ってきてよ」と大人げない。

灯明料を払い、記帳し、薄茶色のパンフを手に取った。
Mの顔が歪んだ。

玉川大師

Cが二つ折りのパンフをめくり、読んだ。

「この仏殿は私たちの命の根源である巨大な秘仏大日如来様の胎内を表す。本堂直下より境内の地下一円におよび四国八十八箇所、西国三十三番両霊場のお大師様、観音様を悉くお迎えし、有縁の方々に結縁す。至心に順拝修行すれば、身心ともに清浄となり、そのまま無辺の大慈悲に浴し、生きる力と幸福が授かる。竜海和尚心血を注いで昭和九年完成した本邦稀有の秘密マンダラ大殿堂なり。石仏総数三百本尊体、深さ約五メートル、参道約百メートル、鉄筋コンクリート造りの奥の院」

一度もつかえることなくさらさらと淀みなく読むCにしばし心を奪われた。
聞いたそばから右から左、内容が頭に入っていない。
「南無大師遍照金剛(ナムダイシヘンジョウコンゴウ)とお唱えして心願の成就をご祈願ください」と読んだ後、Cは大きく息を吸った。

「もう怖くてヒーヒーしか言わなかったよ」とOが白状した。

「では、順番を決めようか」
「先頭と最後は嫌ですから」とO。
「公平にじゃんけんはどうでしょう」とMが提案。

私:グー
O:グー
C:パー
M:グー

「3番でお願いします」とCが頭を下げた。

私:グー
O:パー
M:グー

「2番!」とOは小さくガッツポーズ。

私:パー
M:グー

Mがうなだれた。
M、O、C、私、という順番で進むことになった。

薄暗い階段を降り、右に曲がると、静寂と闇に包まれた。
目の前のCの姿すら見えない。
光のない世界。
完璧な黒色だ。

「真っ暗です」と弱々しいMの声が聞こえた。
「知ってるわよ」とOがいらついた。
「どうやって……」
「腕を前に広げて、壁に手を付けてゆっくり前に進んで、ゆっくりだよ、早く行かないでよ」

前方に腕を広げ、壁の位置を確認しながらゆっくり進んだ。
道幅は1メートルもないだろう。
ペタペタと壁に両手を付きながら、壁に頭をぶつけないよう注意して進む。
右足をズズっと擦りながら前に出し、ズズっと擦りながら左足を前に出す。
左に曲がるのか、右に曲がるのか、わからなくなる。

すり足で何度か曲がるとうっすら明るい道に出た。
壁画の描かれた通路を進むと明かりの灯った場所に入った。
我々の他に参拝者が二人。
仏像が二体並んでいた。
一体は20センチぐらいの小さな仏像。
もう一体は50センチぐらいの仏像。
「葬頭河の脱衣婆(しょうづかのだつえば)」と書かれている。
「怖い顔ですね」とM。
圓満地蔵尊をお拝み、再び闇に入った。

暗闇は想像、恐怖を掻き立てる。
何かが目の前にあるような気がする。
何かにぶつかりそうだ。
見えない不安。

Cが「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」と唱えはじめた。
闇の中で声が響く。
二度目の暗闇は長い。

「明かりの場所、まだですかね」とM。
「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」とO。
「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」とC。
「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」と私。
Mの質問が暗闇に消え、暗闇の向こうから笑い声が聞こえた。

途中、私の前から三人が消えた。
と言っても暗闇だから最初から消えていたわけだが、はぐれた。
「編集長、編集長、編集長がいません」とCの声が聞こえた。
手の平に全神経を集中させ、壁を調べた。
なるほど、こうなって、こうなって、こうなっているのか。
右側に空間があるなと前に進んだ。
行き止まり。
くるくる回り、どちらの方向を向いているのかさっぱりわからなくなってしまった。
焦るな!
左側から部員の声と複数の女性の笑い声が聞こえた。
「編集長、編集長……」
「ハハハ、ハハハ……」
こっちか!
そろりそろりと前に進むと明かりが見えた。
中に入ると「どこに行ってたんですか?」とM。
「観察してた」

通路を挟んで四國八十八箇所の像が上下段ずらりと並んでいた。
若いカップルが数組。
老夫婦もいた。
あの暗闇をどうやって歩いてきたのだろうか。

「自分の年齢と同じ番号の仏像を拝むの」とO。
「O先輩は40歳で、C先輩は30歳ですよね」とM。
「うるさい! Cもあっという間だよ」と矛先がCに向かった。

下段の仏像は顔の大きさ、形が一つ一つ異なっていた。
眉が太い像、つり目の像、鼻筋が通っている像……。
右手に金剛杵、左手に数珠を持っている。
Mは二十八番、Cは三十番、Oは四十番、私は四十三番の仏像を探した。

「見つけました! 僕の仏像の顔はこれです」とMは言ったが、私もOもCも自分の仏像探しでそれどころではない。
「見つけました! 私の仏像の顔はこれです」とCは言ったが、私もOも自分の仏像探しでそれどころではない。
「どうせ私の仏像は奥ですよ」とOが呟いた。

四國八十八箇所の仏像から西國三十三箇所の仏像に変わり、広い空間が現れた。
金色に塗られた大きな涅槃の釈尊像が横たわっている。
柱には龍神、天井には鳳凰が飾られ、釈尊像の上に秘仏大日如来像、真向かいに御本尊弘法大師像が鎮座していた。
よく見ると、秘仏大日如来と御本尊弘法大師が糸で結ばれている。
どのような意味があるのだろうと考えているとMがおばさん軍団に捕まった。

おばさんAがMに訊ねた。
「怖かったでしょ?」
「ええ、まあ」
「怖くないでしょ、暗いだけでしょ、行き詰まっちゃうけどね、ハハハ」
「ええ、まあ」
「怖いよねー、この人も一人では来られないよ、ハハハ」とおばさんBがMを援護する。
「この方、元旦に一人で来たんですよ」とMがOを指さした。
「へー!」と異様に驚くおばさんA。
「すごいわねー」と異様に感心するおばさんB。
「怖かったでしょ!」とおばさんC。
「怖かったでしょ!」とおばさんD。
軍団はまるで崇めるようにOを見た。
「ええ、まあ」とOは微笑み、Mをギロリと睨んだ。

我々は先を急いだというより、逃げた。
背後からおばさんたちの笑い声が聞こえた。
「ある意味、パワースポットでしたね」とMが呟いた。
広い空間を抜けると、再び暗くなるが薄暗く、やや上り坂の短い直線道。
足元が見えるので、壁に手を付けず、歩いた。

三度目の明るい場所に入る。
「一番目の明るい場所と同じ場所ですね」と圓満地蔵尊の前でCが言った。
圓満地蔵尊の正面の壁は四角く繰り抜かれていた。
その壁を隔て左側が一番目の明かりの場所、右側が三番目の明かりの場所という造り。

階段(スタート)



明1(葬頭河の脱衣婆像、圓満地蔵尊)← 前回

暗(長い)

明2(四國八十八箇所、西國三十三箇所、涅槃の釈尊像)

暗(短い、薄明かり)

明3(葬頭河の脱衣婆像、圓満地蔵尊)← 今ココ

不動明王を拝み、再び闇に入るが、薄暗い。
終わりが近いのか。

薄暗い道を抜けると、仏像が数体、直径70センチぐらいの平たい「打ち上げの鐘」が吊るされていた。
木の板に「四國八十八ケ所・西國三十三ケ所霊場満願」と書かれている。
「これを叩いて終了ですね」とC。
我々は「打ち上げの鐘」をボーンと鳴らし、階段を上がり、地上へ出た。

喫茶店「S」でコーヒーでも飲もうかということになり、二子玉川商店街をてくてく歩く。
「数え年らしいですよ」とスマホを見つめるC。
「え?」
「仏像の番号は数え年らしいですよ」
「え!」
「1つずれてたってことですよね?」とM。
「ごめんなさい! 地下霊場に戻ります?」とO。
「怖くないの?」と訊ねると「大丈夫です」とO。
「戻ってもいいっすよ、先頭はOさんですよ」とM。
「戻りましょうか、先頭はOさんで」とC。

こうして我々編集部一行は、踵を返し、真っ暗闇の地下に再び潜った。

「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」とO。
「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」とM。
「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」とC。
「ナムダイシヘンジョウコンゴウ」と唱えながら、壁にしっかり手を付けて、すり足で前に進んだ。

(F編集長)